子供のころ、「透明人間になりたい」と思ったことはありませんか？

透明になればイタズラが自由に出来ます。万引きも、スカートめくりも可能だし、

試験問題を盗みに職員室へ忍び込むことだってできるでしょう。

イジメっ子への復讐も夢ではありません…つまり「姿を隠す」ことによって、誰にも

気付かれずに何でも出来る…常々心の中に渦巻いている鬱憤や欲望も透明人間になる

ことによって、すべてが解消出来るのではないか…と誰しも思います。

ただ透明人間は相手から見えませんから、交通事故には充分に気をつける必要があります。

特に横断歩道では車にやられないよう用心しなければなりません。

まあ透明人間になるのは無理としても、顔や身分を隠すため「覆面」をするという手が

昔からありました。

ところが人間というのは、覆面を被った途端、大胆になったり羞恥心がなくなったり、

どうかすると人格までもがコロッと変わったりするものです。

去年の大晦日に、秋田の「なまはげ」が、不祥事をやらかしました。


「ウォーッ」と吼えながら、家々を廻り、

「悪い子は居らんかァ」と子供達を脅して回るのですが、去年の大晦、

この中の一匹がドサクサに紛れて女湯になだれ込み、女性を触りまくった

として問題になりました。

「酒の酔い」「ものの弾み」「お祭り気分」「群集心理」…いろいろ

考えられますが、私は「覆面性」が、原因の一つに挙げられるのでは

ないかと考えています。

なまはげの仮面を被り、なまはげのユニフォームを着た連中は「覆面集団」に変身する

のでしょう。

女湯にチン入した男達は、透明人間のように無責任な「覆面人間」になっていたに違い

ありません。

スポーツ選手の背番号も、「観客への識別サービス」だけでなく、選手の個性や責任を

明らかにする効果もあるのではないかと、私は思うのです。

…といっても、なまはげに背番号を付けるというのも具合が悪いのでしょうなあ。

実は私、かねがね機動隊さんにも是非、背番号をつけて頂きたいと願っている者です。

私がまだ三十代だった頃、七〇年安保の闘争が盛んで、日本中が

物情騒然たる状況になっていました。

働き盛りだった私は学生紛争の担当を仰せつかり、新左翼の学生が、

警官隊と衝突する現場を次から次へと渡り歩いていたのです。

原子力空母エンタープライズの入港反対闘争で騒乱状態となった

佐世保市への出張を切りに、京大や、阪大、関学などへ出向き、

学生の持つ角材と機動隊の棍棒が激突する修羅場を、幾度となく

経験しました。

催涙ガスや放水を浴びたことも、投石がヘルメットに命中したこともあります。

取材を終えてタクシーを待っていたとき、物陰から飛び出してきた機動隊員に腕を

掴まれました。腕章を外していたので学生と間違えられたのです。私も若かったという

ことでしょう。

こういう修羅場になると、学生たちも興奮して暴徒と化しますが、機動隊の方も、順法

精神を失っている場合が多々ありました。

機動隊員も若いですから、同年輩の学生がデモをかけてきたりすると、アタマに来る

ことだってあるに違いありません。

京都の河原町をデモ行進していた学生が、少し歩道からはみ出した途端、完全武装した

屈強な機動隊員が跳び蹴りしているところを何度も見ました。

また京大の西部講堂前の路上では十人ほどの機動隊が輪を作り、その中に囲まれた学生を

集団リンチしているところも目撃しました。

あっという間の出来事です。

機動隊が立ち去ったあと、路上に倒れた学生の様子を見に行きますと、ボディーブローを

喰らったのか嘔吐しながら痛みや苦痛を訴えていましたが、骨折や外傷は全くありません

でした。さすが手だれのプロがやる仕事です。

このような警察官によるえげつない行為があっても、誰がやったのか特定出来ません。

おまけに、機動隊員のヘルメットには、顔の所にプラスチックのガードが付いていて、

人相を識別することは極めて困難です。背丈も年恰好も似たような人達ですから、

一種の覆面集団といえるでしょう。

張り込みや尾行の場合はともかく、ユニフォーム姿で実力行使をするときは、機動隊員の

皆さんも、是非、背番号を付けて頂きたいものです。

いやどうも…あまり警察当局にイチャモンをつけて「お礼参り」をされたりしたら、

えらいことなので、話を覆面に戻しましょう。

さて覆面の中で、いちばんカッコイイのは「鞍馬天狗」ではないかと私は思っています。

子供の頃、鞍馬天狗の覆面にどれほど憧れたことか。

この鞍馬天狗の覆面は「宗十郎頭巾」と呼ばれています。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
歌舞伎の「白波五人男」、「日本駄右衛門」にも登場しますが、何と言っても、この、

イカ みたいな覆面は、大仏次郎原作の映画「鞍馬天狗」の印象が強烈でした。

「アラカン」こと嵐寛寿郎。…カッコ良かったですなあ。

お若い方でも「鞍馬天狗」や「杉作」の名前ぐらいはお聞きになったことがあるのでは

ないでしょうか。

うちのかみさんなんか、小学生のころに鞍馬天狗の映画を観てからというもの、女の身

をも顧みず、

「杉作になりたい」

と、真剣に願ったというのですから、人気のほども窺えようというものです。

宗十郎頭巾の素材は絹羽二重（きぬはぶたえ）で、黒か濃紫が主流だったのではないで

しょうか。

一方、色っぽい頭巾なら「御高祖頭巾（おこそずきん）」です。

風呂敷のような布で、髷や首筋、襟元などを覆うもので、当初は冬場の防寒が目的

だったそうです。でも、
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
いかにも「ワケありげ」な風情が色っぽくて、カッコ良いアイテムでした。

若い女は藤色や薄い鼠色、加齢とともに色が濃くなるのが通例で、素材は縮緬が

多かったようです。

忍者の覆面も御高祖頭巾だという説もあるのですが、さて、どうなんでしょうか。

覆面は覆面でも、お手軽で庶民的な覆面は「手拭の頬被り（ほうかぶり）」でしょう。

農夫や漁師、狩人などの頬被りは防寒が目的でした…が、出歯亀（女風呂覗き）、

夜這い、付け火、盗人（ぬすっと）などの頬被りは身元がバレぬようにするのが目的です。

現代なら、目出し帽とかストッキング、あるいは、フルフェースのヘルメットといった

ところでしょう。昔と違って、赴く先も銀行、コンビニ、独身女性のマンション…

…という風に様変わりしてしまいました。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「♪あら、エッサッサー」の泥鰌掬いも、必ず頬被りで登場しますし、阿波踊りでも、

男衆は頬被りをする人が、今でも結構いるのではないでしょうか。

いずれも豆絞りの手拭が使われますが、この手拭は、「羞恥心」を拭い取るのが目的の

覆面なのです。

私も頬被りをして阿波踊りを踊ったことがありますが、盗みに入ったり痴漢や夜這いで

頬被りをしたことはありません。

しかし子供の頃に「頭巾」のお世話にはなりました。
　　　　　　　　　　　　
グリム童話で「赤頭巾ちゃん」と出会った私たちは、数年後に「防空頭巾」を被らな

ければならなくなったのです。

母が作ってくれた紫色の防空頭巾には、大きな布の名札が縫い付けられていて、氏名、

国民学校名、さらに「血液型」が墨痕鮮やかに書き込まれていました。

真夜中に空襲警報のサイレンが鳴ると、寝ぼけ眼(まなこ)をこすりながら、忌まわしい

防空頭巾を被って防空壕に避難したものです。

国民学校で教わりました。

「爆風で鼓膜が破れぬよう親指で耳を抑え口を開けろ。眼球が飛び出さないよう、

人差し指と中指で眼を抑えて、地面に伏せろ」…と。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（徳島エコノミージャーナル08年12月号）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
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